複雑系入門

【今回取り上げる著書】

伊庭 崇・福原 義久 著(1998)『複雑系入門』NTT出版


【本文献を選んだ理由】

 関係性精神分析を学ぶ中でコバーンの複雑系理論というものを知った。科学や生物学、天文学などで始まったこの理論を心理臨床の中でどのように生かすことができるのか、その可能性について考えてみたいと思い、分かりやすい入門書であるこの本を選んだ。


【文献の内容】

『複雑系』(Complex System):決してバラバラに分解できる要素の単純な組み合わせで全体が構成されているようなcomplicated systemではなく、バラバラにしてみると本質が抜け落ちてしまうような特殊なシステムを『複雑系』(Complex System)と呼ぶとしている。


創発(emergence):これまでの理論とは矛盾している理論をとりあえずその矛盾を疑似的に解決して以前の理論との接続を試みて見出されたもの。


フラクタル:どのスケールでみても同じ構造になっている自己相似性を持つもの。雪の結晶、リアス式海岸など。


自己組織的臨界状態:臨界状態にある砂山にさらに砂をかけていくと雪崩が起こって、また、ある一定の高さと傾きのところで安定する。このように系が自分自身で臨界状態になること。


カオス:「カオス」とは決定論的な規則に従っているにもかかわらず、非常に複雑で不規則なふるまいをする現象のこと。しかし、このカオスのなかにも周期性が潜んでおり、フラクタル構造が見いだされてもいる。カオスという現象は、ある規則に従っていながら不規則なふるまいをするような現象のこと。


アトラクタ:自然や社会の現象のほとんどは、エネルギーが絶えず変化し、失われていくような散逸系の現象。散逸系の運動は十分な時間がたつと特定の軌跡や点に落ち着く。この過渡状態の後の安定した状態のことをアトラクタという。


カオスの縁:カオス状態と固定的あるいは周期的な状態との境目の状態。


カオス結合系:たとえば、ウサギが初めてのにおいをかいだ時、当初のニューロン集合体の反応はカオス的だが、そのうちアトラクタに達する。こうした繰り返しによって様々なにおいに関するアトラクタがネットワーク内に形成される(遍歴アトラクタ)。新しいにおいをかいだ時には過去に蓄積されたアトラクタ間をカオス的に遍歴して何のにおいであるかを判別する。


外部観測と内部観測:外部観測の特徴は観測者が対象の内部で起きているすべての動きを時間超越的に把握できるとする見方(例4億光年離れた星の観測)で、観察者と対象を分離することが前提。内部観測は物質が相互作用を通じて相手を検知する行為そのもののこと(例 熱を加えた際の粒子間相互作用の観測を粒子の視点で見ていくもの)。内部観測においては観測者と対象は分離できない。観測とは相互作用なのであるから、内部観測者は観測という相互作用によって自身が変化してしまうという視点に立っている。


【発表者の感想】

 複雑系理論のなかでカオス理論は中心的な役割を果たしているが、それは不規則なだけでなく、カオスの中にもフラクタルといった規則性があり、また、アトラクタと呼ばれる一種の平衡状態を有している。たとえば、トラウマ的な体験を経験した場合、精神内界はカオスの状態に陥るだろうが、これが何らかの形で(みかけの)平衡状態に落ち着くことがあるのかもしれない。この平衡がどういった質のものになるのかはその当事者の資質的なもの、家族、社会、時代などの環境的なものの影響を大きく受けるのだと思われる。そこにセラピストがどういった役割を果たしていくことができるのか、複雑な系のなかで確実な1ピースとなりえるためにはどうしたらよいのかといったことについてあれこれ連想がわいた一書物である。


 岡本 智子(梅花女子大学 心理こども学部 心理学科)

 

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