子どもの治療:リーディングエッジとトレーリングエッジに取り組む

【今回取り上げる著書】

Karen Roser (2019)

“Child treatment: working with the leading and trailing edge”

In Hagman, G., Paul, H., & Zimmermann, P. G. (Eds.), Intersubjective Self Psychology A Primer (pp. 131-140) 

カレン・ローザ

『子どもの治療:リーディングエッジとトレーリングエッジに取り組む』 「間主観的自己心理学 入門」


【本文献を選んだ理由】

 現代自己心理学、間主観性理論からの子どもの治療についてジョエルソンやゴッドホールドの講演をから学んだ。私 は現在も子どもの治療に携わっているが、彼女たちの話から自分がやっていることと何か根本的に違うように感じた。 それが日本とアメリカという文化圏の違いなのか、使っている言語の違いなのか。経験の差か。それともはやり、技法 やオリエンテーションの違いなのか。この違いを芯から理解するためには、現代自己心理学的アプローチからの子ども の治療をもっと知る必要があると感じた。そのため、間主観的自己心理学の立場のこの文献を選んだ。


【文献の内容】

・間主観的自己心理学 (ISP:Intersubjective Self Psychology)では、子どもと大人の治療は異なる。

・子どもの場合、自己の構造は形成の途上にある。そのため、自己は家族という間主観的な場に影響を大きく受ける。 

・子どものセラピストは、子どもと親双方のリーディングエッジとトレーリングエッジな体験を理解する必要がある。

・子どもと親それぞれの希望と恐れを理解し、彼らに対して抱く治療者自身の希望と恐れも理解する必要がある。

・ISP では発達の理解のために、子どもと親の双方の自己対象ニードを意識化することを提唱している。

・ISP は親子を含む家族間の力動をみるという点で家族システム論と似ているが、ISP は彼らの自己対象ニードの理解に焦点が置かれている点で異なる。

・間主観的な場で形成されるのは、子どもの強さだけでなく、弱さもあり、その両者を切り離して考えてはいけない。それは親についても同様で、親の強さと弱さも間主観的な場を通して理解できる。

・治療では、子どもだけでなく、親も治療者に対して希望と恐れを向ける。アセスメント期では、治療者は、この家族全体のニーズを満たすためにはどうすれば最もよいかを判断するため、親子全員の希望と恐れを扱う。

・治療進行中、治療者はすべての家族がどのように希望と恐れの体験を構成しているかを観察し続ける。 

事例 アレックスと父親たち

 8歳のアレックスの事例。些細なことで癇癪をおこし、暴力的になってしまう。困り果てた両親がアレックスの治療 を求め、治療者の元を訪れる。両親はゲイであり、アレックスは養子である。本人面接ではなく、両親面接から始まる。 両親は彼にコントロール感を持たせるために必死に関わっていた。その背景には、自分たちが「ほどよい父親」である 手応えを失うことへのトレーリングエッジな恐れがあった。両親はともに原家族の中でゲイであることを理解されず孤 立感を抱いて過ごしており、自分の息子と繋がることは切実な願いであった。セラピストは、アレックスの問題の背景 には彼らの父親としての能力不足ではなく、アレックスの神経学的構造の脆弱さ(発達障害特性?)にあることを示唆し、 具体的な対応策について話し合った。アレックスの特別なニーズに見合った対応によって変化が徐々に生じた。家族シ ステムがより共感的な自己対象環境になり、親子が相互にリーディングエッジな期待を展開できるようになった。

 それでもアレックスの癇癪はおさまらず、家族が穏やかに過ごせるには程遠い状態であった。そこで、セラピストは 親面接と並行して、アレックス本人との個人心理療法を開始する。彼は、癇癪を父親たちに引き出されていると考え、 自らの過失を意識することを否認した。治療者は彼の誇大的なファンタジーをミラーリングし続け、予測可能で安全な 空間を提供し続けた。そこでは、治療者の主観性や不確かさを彼に押し付けることは一切許されなかった。しかし、治 療経過とともに、彼の遊びは少しずつ相互的になっていく。当初は遊びを通してしか表現できなかった家族への怒りが 言語化するようになる。最終的には、彼は自分が感情のコントロールに問題を抱えているという思いを言葉にすること までできた。この時期には、治療者も自分の感情を彼に率直に伝えていた。治療者がアレックスが打ち負かされれば、 鬱憤をそのまま伝え、自分が失敗した時は自分への苛立ちを顕にした。それはとてもプレイフルで生き生きしたもの であり、彼も楽しんでいた。セラピーの中で双子自己対象体験の感覚をより大きくなっていった。アレックスの癇癪は 最後までなくならなかったが、言葉でその怒りを表現できるようになった。両親も少しずつ変化した。父親たちもアレ ックスや自分たち自身のコントロールの失敗に対して我慢強くなることができた。


【発表者の感想】

 本章では、子どもだけでなく親に関わる視点が ISP の特徴であると繰り返し述べられていた。この点は、子どもの臨 床的アプローチとして特に目新しいものではない。しかし、間主観性理論の視点として、家族の「希望と恐れ」、「リー ディングエッジとトレーリングエッジ」という二項的な理解は非常に明確で有用に感じた。事例では、治療における治 療者の主観性に注目している点にとても共感した。親子同一セラピストであることの葛藤なども率直に描かれていた。 予想に反して、自分の臨床のスタンスと重なる部分が多いと感じた。


小泉 誠(甲子園大学)

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