MONTANA KATZ
【今回取り上げる著書】
MONTANA KATZ
“CONTEMPORARY PSYCHOANALYTIC FIELDTHEORY Stories, dreams, and metaphor”
『現代精神分析フィールド理論 物語、夢、そしてメタファー』
Chapter2 Overview of psychoanalytic field theory : Past, present, and future
第2章「精神分析フィールド理論:過去、現在、そして未来」
【本文献を選んだ理由】
近年、精神分析の世界において様々な国や学派でフィールドという言葉がトピックとして取り上げられるようになってきている。ただ、色々な人々が使っているだけに、フィールド理論とは何であるかといった実体は掴みずらい。また、日本では福本や吾妻による部分的な紹介はあるものの、現在のところ本格的に導入はされていない。Katzによる本書はそうした様々なところで語られるフィールド理論を歴史的な流れも含めて解説して整理するものであるため、この新しい理論について学んでいくためのよい入門になると思われたため。
【文献の内容】
まずKatzはフィールド理論が発展してきた歴史的な文脈として、二つの世界大戦の間に起こった重大な時代の変化が影響していると述べる。それは意味や人間存在、そして確かなものが存在するというこれまでのモダン社会を支えてきた基盤に関する疑問であり、そうした客観的な根拠を仮定する実証主義から離れていく動きは、ポストモダン思想へとつながっていき、またフィールド理論の源泉の一つであるゲシュタルト心理学などを生み出していった。その後、精神分析の世界では三つのフィールド理論が生まれた。一つは20世紀中頃から始まった南アメリカのモデルと北アメリカのモデル。そして、三つ目が近年発展したヨーロッパのモデルである。
・神話モデル(ちなみに~モデルと名前をつけたのはKatz)
Baranger夫妻がアルゼンチンで発展させたモデル。ゲシュタルト心理学のLewinに影響を受け、クライン派の投影同一化などをもとにして理論を展開している。Barangerたちによればフィールドはバイ・パーソナルなものであり、それぞれの関与者が相互依存的に作り上げており、どちらか一方のものではない。このバイ・パーソナルフィールドは、フィールド全体が無意識的プロセスを持った、独特の創造物であると考えられている。
・プラズマモデル
自我心理学や欲動論への反論として起こってきたモデル。中立性などの精神分析の基本概念に対する疑問視から始まっている。このプラズマモデルは様々な種類があり、Sullivan、Levensonを経たSternなどの対人関係論の流れと、GreenbergとMitchellの関係精神分析の流れ、KohutからAtwood、Stolorowの間主観性理論の流れ、さらにはLichtenberg、Lachmann、Fosshageの動機づけシステム論の流れなどがあるとしている。それらの理論は互いに異なっているが、共通してフィールドに力点を置き、言語、意味、物語を重視する。
・夢幻モデル
上記の二つのフィールド理論から数十年後にイタリアで発展した。Barangerたちのモデルに影響を受け、Bionの仕事を取り入れており、ポスト・ビオニアン・フィールド理論とも呼ばれているFerroやCivitareseが中心となっている。Bionの目覚めている夢awaking dreamという用いて分析セッションの夢としての性質を拡張していき、治療者の夢想reverieを重視する。
このように世界には様々なフィールド理論があるが近年になってそれぞれのモデルで作業する分析家たちの対話が始まっている。またKatzはメディアの発展により様々なコミュニケーションが盛んとなった今、精神分析内での分裂は学際的な対話を行うことの妨げになっており、異なる理論を用いる精神分析家たちの共通基盤を理解することが必要ではないかと論じる。その上で、それぞれの特定のフィールド理論のためのプラットフォームとなる一般フィールド理論を定式化することが必要であり、著書全体を通してそれを試みたいと述べて、この章を終えている。
【発表者の感想】
プラズマモデルは様々な理論を大雑把にひとつにまとめすぎではないか、といった不満はあるものの、かなり幅の広い世界的な流れを簡潔に分りやすくまとめてくれている。客観的な事実の存在を疑い、ポストモダン思想の影響下で、古典的な自我心理学や欲動論に反対し、患者がその場から切り離されて存在しているのではなく、患者と分析家がそのフィールドを作り上げていると考える流れを見ていくと、その説明はそのまま広義の関係論の流れの説明と重なるように思われる。とすれば、関係性とは何か? 関係性に注目するとは何に注目することか? と考えを進めていった先にあるものが、フィールドという言葉でしか言えないような、その場の何かなのかもしれない。
小林 陵(横浜市立大学附属病院)
0コメント