アラン・ショア(Allan N. Schore)の関係トラウマ(愛着トラウマ)論

【今回取り上げる論文】

Schore, A. N.(2009) 
Relational Trauma and the Developing Right Brain: 
An Interface of Psychoanalytic Self Psychology and Neuroscience

(「関係トラウマと発達しつつある右脳 ―精神分析的自己心理学と神経科学の接点―」) 

Self and Systems: Ann. New York Academy of Science 1159:189-203.


【レポート】

 アラン・ショアは、アメリカの神経精神分析学者(Ph.D)。この論文では、右脳の発達が著しい生後1年間に焦点をあて、母子間の相互調整とその失敗による関係トラウマ(愛着トラウマ)のプロセスを論じる。そこには、自己心理学の自己対象機能の概念、関係精神分析の解離論、乳幼児研究の知見に、脳科学を結び付け、精神分析と神経科学との接点を模索している。 


生後1年間の右脳の発達と愛着トラウマ 

1. 脳の発達は右脳が先行。生後1年間は右脳の成長スパートの時期。 

2. 主たる養育者(母親)と乳児は、視覚-表情、聴覚-音韻、触覚-身振りという、右脳機能を使った愛着コミュニケーション行い、相互作用を共同構築。母親は乳児のリズムに同期し、乳児の内的覚醒水準と情緒状態の非言語的な表現をねぶみし、調整し、乳児に伝達し返す。その結果、乳児の過覚醒や極度の低覚醒をもたらす高すぎる刺激や低すぎる刺激は、適度なものになる。安全な愛着は、乳児の内的覚醒状態への母親の心理生物学的調律に依存している(ショアは、これを自己対象機能になぞらえる)。 

3. 母親と乳児の安全な愛着絆の断裂や、情緒調整不全により、乳児が覚醒水準の相互調整をしてもらえず、激しい情緒に圧倒される過覚醒の興奮状態になり、その状態の有害性から生き残るために、突然刺激をシャットアウトして、二次的に解離を起こす。これを、ショアは愛着トラウマという。 

(愛着トラウマの機序:2段階モデル) 

過覚醒段階:安全の拠り所だった母親が突然脅威の源に→乳児の右半球、愛着と恐怖動機づけすステム双方の座の、驚愕反応の引き金→視床下部-下垂体-副腎(HPA)ストレス軸を活性化→交感神経興奮→心拍、血圧、呼吸の昂進。代謝の昂進。恐怖-脅威の調整不全な心理生物学的状態へ。           ↓ ↓ 

 乳児は、「正気を圧倒し、心理的な生き残りを危うくする、混沌として恐ろしい情緒の洪水(flooding of affect)」(ブロンバーグ、2006)を体験する。そこに、助けもなく、望みもなく置かれる。           ↓ ↓ 

二次的な解離:乳児は、自己調整せざるをえない→交感神経性の興奮状態から、いきなり、副交感神経(背側迷走神経)システムが働く状態に切り替わる→代謝をシャットダウン。エネルギーを節約、動きのない、低覚醒状態へ→脳内麻薬が働き痛みが鈍くなる。心拍、血圧、呼吸の低下→外的な刺激も、苦痛な情緒も感じない、死んだような(擬死)状態になることで、生き残ろうとする。 

4. 右脳の成長スパート期のトラウマ生起的な調整不全は右脳の発達に影響する。愛着トラウマに結びついた心理生物学的ストレスは右脳に刷り込まれ、のちにストレスに出会った時に病的な解離を性格化して使うようにしてしまう。右脳は非言語的であり、この時期の記憶は意識されないが、身体に染みついた暗黙の非宣言的記憶として記憶される。 


 この論文は、精神分析と脳科学の学際的交流の試みであり、新しい領域を拓くものとして評価できる。ショアは、母親が解離し、かたまってしまったとき、乳児の恐怖警報の引き金がひかれるとして、愛着トラウマの世代間伝達にも言及する。この知見は、臨床的な有用性も持つと考えられる。

 ショアは、精神分析と脳科学の対話は、心理学と生物学の統合モデルを創ろうとして、当時は失敗したが未来にはできると考えたフロイトへの回帰だとする。神経学から出発しながら純粋に心理学的なモデルをつくろうとしたコフートの概念を、ショアは生物学的に説明しようと試みる。はたしてそれは妥当なのか、「こころ」は「脳」で説明しつくされるのか、私は疑問にも思う。


               宍戸 靖子(特定非営利活動法人九州大学こころとそだちの相談室)

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