学習の生態学 ―リスク・実験・高信頼性

【今回取り上げる書籍】

学習の生態学 ―リスク・実験・高信頼性(2022) 

著者:福島 真人  出版社:ちくま学芸文庫

【本論文を選んだ理由】

ジャーナルクラブに適した本ではないのかもしれないと思いつつ、人類学者であり科学技術社会学者である著者が提供する理論的枠組みは、(精神分析的)心理療法の学びを考える上で視点の転換に役立つのではないかと考え、選びました。この本の内容は以下です。

医療現場、原子力発電所等、一つ間違えば大きな事故が生じうる組織において、学習はどのようになされるか――。失敗を含む「日常的実験」の繰り返しこそ、現場での学習の資源である。本書では、このリスクを伴う試行錯誤を許す空間を「学習の実験的領域」と呼び、法的・経済的諸条件に影響され、組織ごと、状況ごとに変動するその不安定なありようを明らかにする。フィールドワークや豊富な民族誌的資料をもとに、学習を社会科学のテーマとして扱い、状況的学習論といった従来の理論モデルを超える新たな枠組みを示した。事故と安全、科学技術、組織といった具体的文脈のもとでの学習を考える、数々の概念装置を与える書。

詳しくは当日解説しますが、要は専門職が現場でどのように学習をしていくのかについて書かれた本になります。失敗、リスク、冗長性、実験といったキーワードから学習が読み解かれます。

私はこの本を読みながら、大学院生時代の実習先である単科精神科病院の事務局長とのやりとりを思い出しました。その事務局長はこう言いました。

「心理士にスーパービジョンとかいう制度あるじゃん?あれ、絶対おかしいよ。お金がない若者からベテランがお金を巻き上げるわけでしょ?どう考えても搾取だよ。だって、他の職種見てみなよ?そんな制度ないでしょう。みんな、現場でただで教えてもらってるじゃん。そうやって現場で学ぶものでしょう。医師だって、看護師だって。事務の仕事だってさ、お金払って外で教えてもらう?馬鹿馬鹿しい。カルト宗教じゃないんだから。そんなとこに入っちゃだめだよ」

 若かりし頃の私は「局長から見れば、そう思うのかもしれないですけど、心理の世界ってそういうものなんすよ」と答えました。しかし、事務局長からの問いかけはどこかひっかかるところがありました。(デイビスの『心理療法家の人類学-こころの専門家はいかにして作られるか』を読んだ時も局長を思い出しました)

(偶然ではありますが)前回の吉沢氏の発表は精神分析的臨床家がいかに成長していくかという内容でした。精神分析に興味がある私たちは、主に職場外での訓練を積み上げる中で臨床家としてどのように成長していくかを重視する傾向にあります。だから、一生懸命にスーパービジョンやセミナーに出て、自己研鑽を行います。私自身も、それらを重要なものだと位置づけています。

しかし一方で、私たちは実践を積み上げるという意味では現場を重視していますが、事務局長が指摘するように現場でどのように学んでいくのかという視点はやや乏しいようにも思います。その理由は、医師や看護師と異なって長らく公的資格ではなく民間資格であったという歴史的背景に加えて、一人職場が多く、若手ほど難しい現場で働くという業界の構造的問題があるでしょう。

私たちは現場で(精神分析的)心理療法を学ぶことができるのでしょうか。その答えは、精神分析的な臨床家に成長することを精神分析的治療者になるという全人的な成長と捉えるのか、他の心理療法と同様に主に技能の習得(学習)と捉えるのかによっても異なるでしょう。言い換えれば、「精神分析的心理療法」の精神分析に強調点を置くのか、心理療法に強調点を置くのかの違いかもしれません(山崎、2023)。そのあたりの異同も含めて、現状のシステムの中でいかにして私たちは現場で心理療法を学ぶことができるのかについて皆さんと議論できたらと考えています。このことは世間から見向きもされなくなりつつある精神分析業界を教育という面からいかに生き残らせていくかを考えることでもあるかもしれません。

山口 貴史(愛育クリニック/あざみ野心理オフィス)

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