The Social Unconscious in Clinical Work

【今回取り上げる論文】

「The Social Unconscious in Clinical Work」

著者:Earl Hopper

Group, Vol. 20, No. 1, 1996

*『The Social Unconscious Selected Papers』(Earl Hopper,2003)の第6章にも収録


【本論文を選んだ理由】

 精神分析的心理療法の実践では、内的世界を考えていく作業が中心であり、そこには患者が生きてきた歴史が深く関り、治療関係の中で転移として姿を現す。それをどのように取り扱うのかということは重要なテーマであるが、理解の仕方は学派や個々のセラピストで異なる。一方で、その歴史には、患者が生きてきた社会状況、あるいは世代間伝達されているさらにその上の世代が生きた社会状況という個人を超えた歴史性、いわば文化的な背景が色濃く影を落としている。とりわけトラウマ的な体験はそうだろう。ところで、日本には、古澤・小此木の「阿闍世コンプレックス」、土井の「甘え」、河合の「中空構造」、北山の「自虐的世話役」などの文化論があるが、急速に変わりゆくこの現代に生きる人々の心をどれだけ捉えきることができるのだろうか。あるいは、共通の基盤は見出せるのだろうか? 「社会的無意識」という概念は、抽象的な定義しか与えられていないが、だからこそ、様々に議論する余地が残されていると思う。私が本論文を選んだ理由は、日常臨床の中で私たち臨床家が向き合っているクライエントの心に浸透している「社会」について、多様な観点から議論してみたいと思ったからである。


【本論文の概要】 

 Hopper(1981)によれば、「社会的無意識」は次のように定義される。「人々が気づいていない社会的、文化的、コミュニケーション的な取り決めの存在と制約を指す。これらの取り決めが認識されていない(無知)、認識されていても認められていない(否認)、認められていても問題視されていない(当然視)、問題視されていても最適な程度の距離と客観性をもって考慮されない。社会的制約は神話、儀式、慣習の観点から理解されることもあるが、こうした制約は、特に地位の硬直性が高い社会では、本能や空想の制約と同じ程度に「未知」の領域である」。彼は、「社会的無意識」の概念を使い、社会階層やトラウマの問題を議論している。そして、興味深いのは、「Here & Now」「There & Then」の取り扱いをめぐり、「There & Now」「Here & Then」という二軸を追加し、臨床的交流を4つの領域に仕分けて考える視点を提供している。実践ではバランスが重要ではあるが、「There & Now」「There & Then」が「社会的無意識」の探索領域とされる。そしてさらに、新たなパラダイムが投入される。①患者により政治的・社会的課題が語られるか否か、②分析家が外的社会事実を重視するか否かの二軸を加え、内的対象関係の展開あるいは社会的無意識の展開として治療関係を検討する視点を提供している。その観点からグループの臨床素材が検討される。最終的には、Erich Fromm (1963)の「革命的性格」をひとつの成熟モデルとして提示し、「人が社会的状況を問題視できるほど十分に分離していながら、社会的状況に共感し、影響を受け、ひいては影響を与えたいと思うほど十分に関与できるような発達段階」の意義を論じている。革命的性格は、社会的無意識を意識化する必要があり、成熟にはイドを自我に置き換えることが必要だという考え方を補完するものである。明らかに、権威に対する攻撃は、必ずしもエディプスの未解決の葛藤の表現ではない。同様に、現状を維持しようとする権威者の試みは、必ずしも責任感と高潔さの表現ではない。


【発表者の感想】

NAPIのRoger Frie先生を招いた企画で、クライン派の立場から社会・文化を考察している分析家として、エセックス大学のKarl Figlio先生の存在を教えてもらった。彼はフロイト由来の超自我と自我理想の観点から、個人に内在化された文化・社会的状況を考察し、「Social Subject」という概念を提示しHopperの考えを補完している。今まさにこの臨床状況で、文化・社会・歴史がいかに影響を及ぼしているのかを見る視点と、その対象が生きてきた過程でいかにそれらの影響があったのかを見る視点の両方が重要なのだろう。転移状況は内的対象関係の反映であるが、その対象の背景にある歴史的・社会的文脈を見ていく視点が不可欠だと改めて感じた。何気ない臨床状況にそれらの影響は潜んでいるのだろう。その対象の背景に視野を広げていくことは、「転移解釈」か「転移外解釈」かという不毛な単一思考を脱し、クライエントが囚われ身動きとれなくなっている、あるいはある感情・思考・行動が駆り立てられている諸要因を理解するプロセスにおいて必要不可欠な営みだと深く考えさせられた。

吉沢伸一(ファミリーメンタルクリニックまつたに)

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