催眠療法における“共感性”に関する一考察

【今回取り上げる著書】

催眠療法における“共感性”に関する一考察

著者:松木繁

催眠学研究(2003)47巻第2号 pp.1-8


【本論文を選んだ理由】 

 従来の催眠療法研究では、クライアントの心理的・生理的状態の変化が治療にどう影響を及ぼしているかが論じられてきたが、本論で松木は催眠療法におけるTh―Clの関係に着目し、それがどのような関係であり、またどのような関係の時に治療的効果をもたらすかを、事例を通して論じている。

 本論文が発表された2003年時点ではまだ「トランス空間」という言葉は使われていないが、自己治癒を促す「守られた空間としてのトランス」を介在させる催眠療法は、後に「トランス空間論」として論じられるようになっていく。「トランス空間」は間主観的な場であり、オグデンの「第三主体」に似ているが、それよりもTh-Cl間の相互作用という側面が強い概念であると思われる。トランス空間論は、ともすれば抽象的になりやすい「間主観性」という概念を「トランス空間」という治療関係(治療的〝場〟)の中へと写し取っており、「間主観性」を臨床的・実践的に考える上で、参照し易い論考であると思われる。本論文は精神分析論文ではないが、そもそも間主観性理論はメタ理論であり、どの心理療法理論にも応用することができると考えられるため、NAPIジャーナルクラブの紹介論文に選んだ次第である。


【文献の内容】

 本論文は事例研究である。事例は視線恐怖症の16歳高校生であり、症状のため登校できない状態にあった。面接は27回行われており、登校が再開された13回までを前半とし、後半では残っていた視線恐怖症状を克服し、進学に向けて前を向けるようになって治療を終結している。本症例の治療機序は二つの側面から見ることができる。一つはClがトランスにどう関わるかという側面であり、もう一つはClの自発的イメージを用いたイメージ療法としての側面である。松木が注目しているのは、前者、すなわちClがトランスにどのように関わり、またトランスを介してTh-Clの関係性がどのように作られていったかである。本論では、治療の進展に伴って、トランスを介したTh-Cl間の相互的な関係性がどのように変化したか、そしてその変化が治療的にどのような意味をもっていたかが論じられている。


【発表者の感想】

 臨床動作法やイメージ療法、催眠療法における体験治療論(成瀬)は、心理療法であれば必ず生じている体験的変化を論じているが、これまでの精神分析療法では、それを分析の結果として生じる二次的な変化として扱ってきたように思われる。松木が言うようにClのトランス体験の仕方(=Clの「トランス」への「関わり方」)がClの「症状」との「関わり方」を反映しており、「トランス」が間主観的になることが「症状」の消失に繋がるのであれば、「症状」とは本来間主観的な水準のものが間主観的ではなくなることによって生じていると言えそうである。本論の事例をエディプス葛藤、母子未分化、父性欠如、転移、治療者との父性同一化という視点から捉えることもできるだろうが、そうした精神分析的なテーマはトランス空間の中で展開しており、トランス空間を介して治療が進められている。精神分析のルーツが催眠療法にあることを考えると、松木のトランス空間論の精神分析的意味についても改めて考えてみたいという気持ちになった。


丸山明(近畿大学)

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