間主観性とフェミニズム理論
Jessica Benjamin(1998)
“Shadow of the other:intersubjectivity and gender in psychoanalysis”
北村婦美訳 2018 『他者の影-ジェンダーの戦争はなぜ終わらないか-』みすず書房,pp135-186.
第 3 章 他者という主体の影-間主観性とフェミニズム理論
【本書の概要と選んだ理由】
本書は,ジェシカ・ベンジャミン 3 冊目の著書であり,先の 2 冊でなされた考察が統合されたものである。 著者は第 3 章において,男女二元論にもとづくジェンダー問題や暴力問題に対して関係精神分析的視点から倫理的な問いを投げかけており,ジェンダー問題や暴力問題の解決に大変有効な思想ではないかと感じたので選んだ。
【文献の内容】
フロイトの同一性理論は,一見,自己の境界と見えるものには透過性があり,外界と切り離されているように見える主体が,その外にあるものと常に同化していることを突きとめた。自己は常に途切れなく他者と同一 化を展開しているが,それは他者の他者性がもたらす喪失やコントロール不能性を否認するためである。自己は他者との関わりの中で,互恵的に他者からの承認への依存で成立している。
関係精神分析は,フェミニズム思想や社会構成主義の影響を受けて,単一の自己や客観的で賢明な主体とい った古典的な精神分析の考え方に疑問を投げかける。自己に対して他者が提示する非暴力的な否定性には生産的ないらだちがある。未分化な精神状態である万能状態にある自己は,他者が提示する非暴力的な否定性を受 け入れることができない。その結果暴力に発展することがある。たとえ自分にとって異質に感じられるもので あったとしても,それは常に「私に生じてくる」ものであり,消えることはない。よく異質に感じられるものとしては,弱さ,傷つきやすさ,衰え,性的な他者性,逸脱,不安定さなどがある。異質なものを受け入れる 包摂によって単一体ではない自己となることで,他者の他者性を受け入れることが可能となる。しかし,われわれは万能欲求に引きずられて同一化せずにはおれない存在でもある。否認による同一化と包摂による脱同一化とを行きつ戻りつしながら,他者を生き残らせることが自己の生き残りにつながる。
脱同一化しておける能力,アイデンティティを保留にしておける能力は,分析家の仕事の大前提である。治 療的に働くのは,過去とは違ったふうに構築された二者関係,つまり他者がその体験状況での自分の責任をち ゃんと担ってくれるような二者関係の中で,過去の体験を模擬的に体験することである。そこでは受難の物語 の回復だけではなく,その物語の解体が生じる。治療的な働きを生み出すために,分析家は生き残る他者であ ることが求められる。生き残る他者は,自分の立場を完全に捨て去ることをしないまま,主体の立場を承認す る二重の同一性を擁する者である。
【発表者の感想】
自分自身が心地よくなるには,自分の中の異質な部分や他者の他者性が邪魔になることが多いため,他者の 他者性を認めつつ承認することの難しさを痛感する。特に,親子のように,相手との関係が親密なほど,気がついたら自分の中の異質な部分を相手に擦り付けて,相手の他者性を否認しているということが多いのではな いだろうか。自分自身の幸せを追求する中で,つい他者の他者性を否認してしまい,そのことを他者からの反 応から自覚し,我に返って他者の他者性を認める。しかし,それもつかの間,また気が付いたら他者の他者性 を否認している自分に愕然とする。私たちは,他者の他者性の否認と解消の繰り返しから永遠に逃れることはできないのであろう。しかし,そのループにおいて,他者の他者性を自覚した時点で,我に返って軌道修正す る勇気と知恵を発揮することが,自己と他者が生き延びる道を閉ざさないために不可欠ではないかと思った。
井ノ崎敦子(徳島大学キャンパスライフ健康支援センター)
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